【夜葬】 病の章 -42-
「夜葬を終わらせたからだと? なに言ってやがる耄碌してんのかよ! あんた忘れたのか、美郷おばちゃんがなんで【地蔵還り】なんかになっちまったのか。それに戦争中はどれだけジジイババアが死んだと思ってやがる。【夜葬】……【どんぶりさん】を毎回祀る儀式があの頃本当にできてたって思うかよ」
「なんだぁ……お前、俺に口ごたえするかぁ?」
鉄二は自分が正論を言っている自信があった。
だが対する船坂はというと、鉄二の話などまともに聞く耳を持たないと言ったように、敵意剥き出しの眼差しで睨む。
だが鉄二もまた引き下がれなかった。
「ごまかすんじゃねえよおっちゃん。【地蔵還り】は死者を【どんぶりさん】にできなったときに起き上がるもんなんだろう? 俺や、おっちゃんみたいな若い連中がいなかった戦時中、次々と死んでゆく年寄りたちを、村の年寄りが集まって顔をくりぬけるかって聞いてるんだ」
鉄二が言いたいこととはつまり、【夜葬】を続けることの危うさについてだ。
村に若者たちが在籍している時には特に考えることもなかった【夜葬】の儀式。
死者の顔をくり抜くというのは、若者の手があるからこそ成り立つ儀式だった。
老人だけが残された村で、食糧不足、人手不足で荒れ、たくさんの老人が死んだ。
だがその老人たちがみんな、【どんぶりさん】として顔を鈍振地蔵に還せていたのかという問題には、首を傾げるほかない。
要はとても間に合っていなかったのではないかということだった。
戦後になり村に戻ってきた鉄二はその危うさに気が付いていた。
だからこそ【夜葬】をやめ、『火葬』を勧めたのだ。
結果、美郷のときのような【地蔵還り】が現れることはなかった。
鉄二が単身東京に出るまでの間も、そういった現象はなく村は平和そのもんだったと言っていい。
「おっちゃん、俺が東京にでた理由がわかるかい」
「お前は村や俺たちを見捨てた。捨てたんだろう。親のないお前をここまで育てて来てやったのは俺たちのようなものだ。それなのにお前は恩を仇で返すようなことをしやがって……薄情者めが」
「半分あってる、って言っておく。でも半分は恐ろしかったのさ」
「はあ? 恐ろしい? 俺たちからすれば、お前のほうがよほど恐ろしい。【夜葬】を身勝手な理由でやめさせ、そのせいで外からのやつらを……」
「怖かったんだ」
怒りと不快感を露わにしていた船坂の表情に初めて動きが見られた。
ぴくりと眉を震えさせ、持っていたたばこの灰が落ちる。
「さっきも言ったろ。じじばばどもは【夜葬】をできずに何人も死んだんじゃないかって。ってことはどういうことか分かるだろうおっちゃん。なにが起こるのか」
「さあ、知らん」
しらばっくれやがって、と鉄二は溜め息を吐いた。
その上で船坂の顔色を窺ってみる。
船坂は鉄二の顔を見ず、根本まで焼けたたばこを未練がましくスパスパと吸っていた。
「【地蔵還り】だよ。【どんぶりさん】として処理されてないジジババどもの死体がその辺に埋められているって考えるだけで俺は怖かった。いつまた美郷おばちゃんの時みたいに起き上がってきたらって、思うと夜が怖くて怖くて仕方がなかったんだ。だから俺はこんな村にいられない。そう思った」
「腰抜けめ」
「なんとでも言えよ。けどおっちゃんも俺が【夜葬】をやめることには賛成だったじゃねえか」
「あれこそが我が人生で最も悔やまれる汚点よ。あそこで俺がお前の言うことなんざ問答無用でなしにしちまえばよかった」
そこまで言ったところで船坂は烈しく咳き込んだ。
痰が絡み、苦しそうな咳だ。
素人目で見ても、明らかにそれは風邪や喘息の類ではなく、妙な病気からくるものだった。
「……それで、俺になんの用だよ。文句が言いたかっただけか」
「違う。【夜葬】を終わらせたお前に恨みはあるが、癪だが終わったことだ。そうじゃなく、ゆゆの息子のことだ」
どくん、と大きく鉄二の心臓が鳴った。
――ゆゆの息子、だと?
鉄二が村に戻ってきて数週間が経っていたが、鉄二はゆゆの子供をひと目たりとも会っていない。
無論、自分から避けていたからということもあるが、それ以外にもゆゆの子供を見ない理由があった。
ゆゆ自身が、子供と外に出歩いていないのだ。
村の人間からすれば、ゆゆに子供がいるという事実は周知だったが、それとは思えないほどゆゆの子供が外にでないことについては誰も訊ねない。
鉄二からしてみれば、ゆゆにその子供を『あなたの子供』であると直接的な言い方はされていないがそう示唆されている。
そのため、鉄二自身はできることなら会わないでおこうと努めていた。
しかも、ゆゆは自身に子供がいるとは思えないほど、頻繁に外を出歩いている。
――本当にゆゆに子供は存在するのか?
自分へのあてつけのために吹いたホラではないか。鉄二は希望的観測も含めてそのように思うようになっていた。
その矢先でのこの話題。
無意識に鉄二は、自分はこれからもこの問題からは逃げられないのではないかと思った。
「【あれ】は、お前の子だな? 鉄二」
「い、いや、俺の子だって、そんな証拠……」
「話がややこしくなる! 村の古参連中はみんな知っとるんだ、隠すな」
「……そうかもしれないが、俺には実感がないんだよ」
鉄二の本心だった。
そもそも妊娠したことも知らなかった上に、数年ぶりに戻って急に「子供がいる」と告げられたのだ。
そして、現状まだ子供の顔すらも見ていない。当然、名前も知らない。
それでどう認知すればいい? それも鉄二の本音だった。
「ふん。ゆゆの息子はな『敬介』という名だ。憶えておけ」
「敬介……」
名前を言われても釈然としない。
ただ名前の響きは嫌いではなかった。
「その敬介がどうしたんだ」
聞き返したくはなかったが、この状況でそれを回避するのは不可能だと思い、鉄二は自分から切り出した。
船坂からの返答は分かりきっていた。
『敬介の父親として、ゆゆの夫として責任をとれ』
きっとそう言いたいのだろう、と鉄二は推測する。
だが船坂が言ったのは、鉄二が予想したものとは大きくかけ離れたものだった。
「敬介――いや、あの赤ん坊を殺してくれ」
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